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ミャンマー ビルマ 民主主義
木村正人さんの記事がありますので、
記載いたします。
≪英外相の大演説≫
英国のミリバンド外相が2月12日、オックスフォード大セント・ヒューズ・カレッジで「民主主義の責務」と題し講演した。
アパルトヘイト(人種隔離)政策撤廃運動の先頭に立った南アフリカのマンデラ前大統領、インド独立の父・ガンジー氏らの名前を列挙した後、ミリバンド外相は、民主主義のために身の危険も顧みない無名の勇士に言及した。ミャンマーで1月末に逮捕された人気ブロガー、ネイ・ミョー・ラトさんである。
ノルウェーの首都、オスロにあるミャンマー反政府系の国際放送局「ビルマ(現ミャンマー)民主の声」によると、ラトさんは、ギターをつま弾くのが好きで、サッカーのイングランド・プレミアリーグに所属するリバプールの大ファン。ヤンゴンでインターネット・カフェ3店を経営する若者だ。同世代の心をとらえたブログは、「歌うことが好き。人生について作曲するのも好き。でも、あまりうまくないから、自分のありのままの気持ちをつづります」と自然体で書かれている。
ラトさんは、1989年から断続的に自宅軟禁の状態におかれている民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チーさんの国民民主連盟(NLD)に入っているが、それほど熱心な活動家ではない。インターネットへの監視が強まったことに対する不平を自分のブログに書き込んだところ、閲覧者が勝手に議論を始めた。軍事政権には「表現の自由」と「民主主義」を唱える反体制運動と映った。
ミリバンド外相がミャンマー問題に踏み込んだのは、スー・チーさんが1964〜67年、同カレッジで学び、講演会にも多くの知人が参加していたからだった。
≪理想と現実の乖離≫
私もこの講演会で、スー・チーさんの亡き夫でチベット研究家だったマイケル・アリス氏の家族と会った。スー・チーさんとアリス氏は、同カレッジのキャンパスで出会い、結ばれたという。
スー・チーさんの近況について尋ねると、アリス氏の家族は「ビルマで起きていることを綿密に追いかけている。日本や中国のような国に、ビルマの人々が直面する問題を平和的に解決できるように影響力を行使してほしい」と話した。しかし、それ以上の質問となると、「ビルマ人でない私たちに、ビルマについて語ることはできない。ビルマの政治に私たちは首を突っ込まないとスーと約束した」と答えただけだった。
話を、ミリバンド外相の演説に戻す。次期労働党党首候補の一人とされる同外相は40分間にわたって熱弁をふるった。米英両国はイラクとアフガニスタンで困難に直面しているが、「民主主義を世界中に広めるのは道義上の使命」とし、必要なら軍事力の行使もためらうべきではない、と語った。
ところが、中国のことになると、外相の弁舌は微妙に変わった。「今日の中国ではより多くの人々がより自由になっている。経済成長が民主主義を前進させた。胡錦濤国家主席は(昨年秋の)共産党大会で、民主主義は民衆と同じように指導者の関心事でもある、と発言している」
質疑応答で、中国人女性研究員が「中国は経済的には豊かになったが、民主主義が進んだとは思わない」と異論を唱えた。同外相は答えようとはしなかった。
≪中国ビジネスの対価≫
ブラウン英首相は就任当初、ミャンマーやジンバブエ、スーダンの人権状況を指弾した。石油・天然ガスの輸入や武器供与を通じていずれの国ともつながりを持つ中国に対し、圧力を強める構えを見せていた。しかし1月中旬、景気浮揚策の一環として英実業家二十数人を引き連れて訪中し、貿易拡大など中国に熱烈なラブコールを送った。首相官邸筋は人権問題も話し合ったと説明するが、その形跡はうかがえなかった。
そんな折、英国オリンピック委員会(BOA)が、北京五輪の代表選手に「人権問題などの政治的発言は慎む」との誓約書に署名を求める方針だったことが発覚した。英メディアの批判を受け、BOAは即座に方針を撤回した。英紙デーリー・メールによると、ニュージーランドやベルギーは政治的発言を規制する方針という。
国際人権団体「フリー・チベット・キャンペーン」(本部・ロンドン)のホームズ代表代行は「批判しないことが対中国ビジネスの対価なのだから驚かない。人権問題について発言の自由が認められない現状は不名誉な限りだ」と皮肉をまじえて批判している。
民主主義の発展にとって、中産階級を生み出す経済力や、時には治安維持のための軍事力も必要だろう。しかし、すべては言論の自由があってこそ、である。
(きむら まさと)
MSN産経
木村正人さんの記事がありますので、
記載いたします。
≪英外相の大演説≫
英国のミリバンド外相が2月12日、オックスフォード大セント・ヒューズ・カレッジで「民主主義の責務」と題し講演した。
アパルトヘイト(人種隔離)政策撤廃運動の先頭に立った南アフリカのマンデラ前大統領、インド独立の父・ガンジー氏らの名前を列挙した後、ミリバンド外相は、民主主義のために身の危険も顧みない無名の勇士に言及した。ミャンマーで1月末に逮捕された人気ブロガー、ネイ・ミョー・ラトさんである。
ノルウェーの首都、オスロにあるミャンマー反政府系の国際放送局「ビルマ(現ミャンマー)民主の声」によると、ラトさんは、ギターをつま弾くのが好きで、サッカーのイングランド・プレミアリーグに所属するリバプールの大ファン。ヤンゴンでインターネット・カフェ3店を経営する若者だ。同世代の心をとらえたブログは、「歌うことが好き。人生について作曲するのも好き。でも、あまりうまくないから、自分のありのままの気持ちをつづります」と自然体で書かれている。
ラトさんは、1989年から断続的に自宅軟禁の状態におかれている民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チーさんの国民民主連盟(NLD)に入っているが、それほど熱心な活動家ではない。インターネットへの監視が強まったことに対する不平を自分のブログに書き込んだところ、閲覧者が勝手に議論を始めた。軍事政権には「表現の自由」と「民主主義」を唱える反体制運動と映った。
ミリバンド外相がミャンマー問題に踏み込んだのは、スー・チーさんが1964〜67年、同カレッジで学び、講演会にも多くの知人が参加していたからだった。
≪理想と現実の乖離≫
私もこの講演会で、スー・チーさんの亡き夫でチベット研究家だったマイケル・アリス氏の家族と会った。スー・チーさんとアリス氏は、同カレッジのキャンパスで出会い、結ばれたという。
スー・チーさんの近況について尋ねると、アリス氏の家族は「ビルマで起きていることを綿密に追いかけている。日本や中国のような国に、ビルマの人々が直面する問題を平和的に解決できるように影響力を行使してほしい」と話した。しかし、それ以上の質問となると、「ビルマ人でない私たちに、ビルマについて語ることはできない。ビルマの政治に私たちは首を突っ込まないとスーと約束した」と答えただけだった。
話を、ミリバンド外相の演説に戻す。次期労働党党首候補の一人とされる同外相は40分間にわたって熱弁をふるった。米英両国はイラクとアフガニスタンで困難に直面しているが、「民主主義を世界中に広めるのは道義上の使命」とし、必要なら軍事力の行使もためらうべきではない、と語った。
ところが、中国のことになると、外相の弁舌は微妙に変わった。「今日の中国ではより多くの人々がより自由になっている。経済成長が民主主義を前進させた。胡錦濤国家主席は(昨年秋の)共産党大会で、民主主義は民衆と同じように指導者の関心事でもある、と発言している」
質疑応答で、中国人女性研究員が「中国は経済的には豊かになったが、民主主義が進んだとは思わない」と異論を唱えた。同外相は答えようとはしなかった。
≪中国ビジネスの対価≫
ブラウン英首相は就任当初、ミャンマーやジンバブエ、スーダンの人権状況を指弾した。石油・天然ガスの輸入や武器供与を通じていずれの国ともつながりを持つ中国に対し、圧力を強める構えを見せていた。しかし1月中旬、景気浮揚策の一環として英実業家二十数人を引き連れて訪中し、貿易拡大など中国に熱烈なラブコールを送った。首相官邸筋は人権問題も話し合ったと説明するが、その形跡はうかがえなかった。
そんな折、英国オリンピック委員会(BOA)が、北京五輪の代表選手に「人権問題などの政治的発言は慎む」との誓約書に署名を求める方針だったことが発覚した。英メディアの批判を受け、BOAは即座に方針を撤回した。英紙デーリー・メールによると、ニュージーランドやベルギーは政治的発言を規制する方針という。
国際人権団体「フリー・チベット・キャンペーン」(本部・ロンドン)のホームズ代表代行は「批判しないことが対中国ビジネスの対価なのだから驚かない。人権問題について発言の自由が認められない現状は不名誉な限りだ」と皮肉をまじえて批判している。
民主主義の発展にとって、中産階級を生み出す経済力や、時には治安維持のための軍事力も必要だろう。しかし、すべては言論の自由があってこそ、である。
(きむら まさと)
MSN産経
ミャンマー ミャンマー人 タイ 不法滞在 不法就労
ミャンマー⇒タイ⇒マレーシア マレー諸島は稼ぎの良い国を
目指しています。私は、マレー半島に興味を持ち数年・・・・
色々調査して行きたいと思います。
執筆者:筧由希夫氏(パノラマ・インターナショナル・マーケティング代表取締役)
タイにもある3K(きつい、汚い、危険)。当然、地元タイ人はこのような仕事には就きたがらない。ほとんどの場合、隣国ミャンマーからの出稼ぎ者がこの種の職に従事することになるが、ここタイ東部シラチャーではミャンマー人が3Kから脱し、サービス業に就く姿が目立つようになった。このようないわば特殊な社会が形成される一因として、日系を中心とする工場の進出が挙げられる。
タイでミャンマー人と聞くと、国境一帯の港湾、建設現場、精米所などで重労働を強いられる姿が思い浮かぶ。バンコク首都圏では、漁業が盛んなサムットサコン県マハーチャイなどが「リトル・ヤンゴン」と呼ばれて有名だが、多くは不法就労でアンダーグラウンド的なイメージが常に付きまとう。
しかしバンコクから100キロ離れただけの、決してミャンマーに近くない東部チョンブリ県シラチャーでは、ミャンマー人は重労働だけでなくサービス業にも就きはじめた。これまで港湾、市場、建設現場などに限られていた職場が、レストランの厨房や食堂、果物売りなどの屋台に広がっている。タイ語が出来れば、ウエイターやウエイトレスの職を得ることもできる。顔や風貌はタイ人と変わりないが、タイ語の発音が少しぎこちなく、ある程度タイ語を理解できれば我々日本人でも容易に判別できる。
ミャンマー人がシラチャーの町に浸透してきた理由は、近郊に広がる工業団地にある。日系メーカーなどの工場でワーカーになれば安定した収入が得られ、年末やソンクラン(タイ正月)にはまとまった休みが取れる。地元住民の就職希望先は何といっても工場だ。日系だけでなく、韓国系や中国系のメーカーも続々と進出し、工場での職は見つけやすい。
そうなると住民は近郊の工場に出払ってしまい、町は空洞化する。吹けば飛ぶような食堂でお客に頭を下げながら少額のチップを期待するような仕事に就く人が、いなくなってしまうのだ。店側は労働力を確保するため、合法・不法に関わらず、ミャンマー人を雇わざるを得ない。
これだけミャンマー人が増えてくると、お決まりの犯罪も多発する。地味な仕事で手にした薄給だけでは、急成長する誘惑の町シラチャーではぎりぎりの生活がやっと。恐喝や引ったくりなど、ミャンマー人の仕業と思われる犯罪が目立つようになってきた。
今後さらなる工場進出に伴うシラチャーの発展と同時に、「シラチャーの外国人といえば日本人」だったこの街に、ミャンマー人の姿が目立つようになりそうだ。
NEWSCLIP
ミャンマー⇒タイ⇒マレーシア マレー諸島は稼ぎの良い国を
目指しています。私は、マレー半島に興味を持ち数年・・・・
色々調査して行きたいと思います。
執筆者:筧由希夫氏(パノラマ・インターナショナル・マーケティング代表取締役)
タイにもある3K(きつい、汚い、危険)。当然、地元タイ人はこのような仕事には就きたがらない。ほとんどの場合、隣国ミャンマーからの出稼ぎ者がこの種の職に従事することになるが、ここタイ東部シラチャーではミャンマー人が3Kから脱し、サービス業に就く姿が目立つようになった。このようないわば特殊な社会が形成される一因として、日系を中心とする工場の進出が挙げられる。
タイでミャンマー人と聞くと、国境一帯の港湾、建設現場、精米所などで重労働を強いられる姿が思い浮かぶ。バンコク首都圏では、漁業が盛んなサムットサコン県マハーチャイなどが「リトル・ヤンゴン」と呼ばれて有名だが、多くは不法就労でアンダーグラウンド的なイメージが常に付きまとう。
しかしバンコクから100キロ離れただけの、決してミャンマーに近くない東部チョンブリ県シラチャーでは、ミャンマー人は重労働だけでなくサービス業にも就きはじめた。これまで港湾、市場、建設現場などに限られていた職場が、レストランの厨房や食堂、果物売りなどの屋台に広がっている。タイ語が出来れば、ウエイターやウエイトレスの職を得ることもできる。顔や風貌はタイ人と変わりないが、タイ語の発音が少しぎこちなく、ある程度タイ語を理解できれば我々日本人でも容易に判別できる。
ミャンマー人がシラチャーの町に浸透してきた理由は、近郊に広がる工業団地にある。日系メーカーなどの工場でワーカーになれば安定した収入が得られ、年末やソンクラン(タイ正月)にはまとまった休みが取れる。地元住民の就職希望先は何といっても工場だ。日系だけでなく、韓国系や中国系のメーカーも続々と進出し、工場での職は見つけやすい。
そうなると住民は近郊の工場に出払ってしまい、町は空洞化する。吹けば飛ぶような食堂でお客に頭を下げながら少額のチップを期待するような仕事に就く人が、いなくなってしまうのだ。店側は労働力を確保するため、合法・不法に関わらず、ミャンマー人を雇わざるを得ない。
これだけミャンマー人が増えてくると、お決まりの犯罪も多発する。地味な仕事で手にした薄給だけでは、急成長する誘惑の町シラチャーではぎりぎりの生活がやっと。恐喝や引ったくりなど、ミャンマー人の仕業と思われる犯罪が目立つようになってきた。
今後さらなる工場進出に伴うシラチャーの発展と同時に、「シラチャーの外国人といえば日本人」だったこの街に、ミャンマー人の姿が目立つようになりそうだ。
NEWSCLIP



